英語のスピーキングで大切なこと・アメリカ人からみた日本語

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今日は部屋の大掃除の日でした。1ヶ月もいればさすがに厳しくなります。というか最初の掃除が中途半端だった。でるわでるわのホコリできりがない。コロコロが大活躍です。大変だったけど部屋がきれいになって気分もちょっとすっきり。ちなみに普通は部屋では靴で生活するんですが、僕たちはきれいに雑巾がけしてスリッパオンリーにしました。ルームメイトがアジア人でほんと良かった。
今日は夕方に新しいコンバセーションパートナーと会いました。金曜日に会っているコンバセーションパートナーの女の子も超すばらしいんですが、アメリカ人の希望に対して日本人が足りてないというオファーを受けたのと、男の子と知り合いになればもっと気兼ねなく話せるかもという思いから紹介してもらったのでした。
<日本語はすごい>
彼はボストン大の一年生で、日本がすきというよりも言語の勉強が楽しくて学んでいるとのことだった。中国語なども学んでいる彼曰く、日本語はいちばんおいしいとこどりの言語らしい。中国語から漢字という表意文字をもらいつつも、日本語の発音を全て表せるひらがなという表音文字を別に持ち、またカタカナという外来語を自由に(発音の正確性はともかく)表現できる手段をももつ。確かにこれはすごいことだ。
いま彼は必死に漢字ひとつひとつの意味と読みを覚えているというが、本当に大変そうだ。字そのものの複雑さもさることながら、発音も音読み訓読みがあり一筋縄ではいかない。
中でもとくに難しいのは熟語だ。すでに小学校時代から漢字を学んでいる僕たちにとっては、たとえ新しい熟語が出てきたとしても知っている漢字からイメージを感じることができるため、むしろ便利な存在だ。読みもフィーリングでだいたい感じ取れる。しかし外国語学習者にとってはこれほどやっかいなこともない。ひとつひとつ全く別の読みをもつ違った単語という認識しかできないからだ。漢字単体の意味と熟語のイメージを結びつけるには膨大なインプットが必要となる。日本人レベルの理解ができる脳内シナプスの形成には、英語の学習におけるボキャブラリーの蓄積とは比べ物にならないほど大変だろう。
彼は冗談まじりに「ほんとうに日本語を最初から話せる人はうらやましい。英語を後から学ぶほうがはるかに簡単だろう」と言っていた。英語は決して簡単ではないと思うけど、日本語の楽しさを教授していると、確かにちょっとそう思う。日本語独特の擬態語とか大好きだけど、学習者にとってはやっかいこの上ないだろう。
聞かれて困ったのは「八百屋がなんでvegetable storeなのか」という質問。考えたこともなかった。とりあえずたくさんあることのイメージとして「八百」を使っているとは伝えたけど、どこらへんが野菜を意味しているのかは説明できなかった。実際帰って調べてみたらいろんな説があるみたい。こりゃ難しい。
あと面白かったのが
「東京へ行くかわりに京都へ行きます」と
「東京へ行かないかわりに京都へ行きます」の
違いは何かという質問。びっくりした。
ちょっと混乱しつつも冷静に考えてみる。うん、違いはない。ただの言い回しだ。英語の直接的な意味を伝えて、ただそれだけの違いだと言ったら一応納得していた。さすが言語に興味持っているだけあって気にするところが面白い。
<英語を話すために大切なこと>
自分の発音をぶっちゃけどう感じる?と聞いたら「中国訛りで臆せず話す人たちよりは聞き取りやすい、ただやっぱり日本人ぽさがある」とのことだった。ではどこら辺が日本人ぽいのか?と聞いたら、イントネーションとシラブル(音節)のせいだと言われた。やっぱりというか、発音そのものではなかった。
これは英語を学ぶ日本人が往々にして見落としがちなことですが、実際の会話で「より理解してもらえる英語」を話すために大切なことは、発音そのものよりも、実はイントネーションだったりします。
日本語は高低で意味合いが変わる言語なので、アクセントという概念がありません。なので相当意識的に話さないとそれっぽくなりませんし、またその感覚が理解できないと簡単な単語も聞き取れません。
たとえばHow much is it?という文だったとして、極端なカタカナ英語だとハウマッチイズイットと抑揚なく話されたりします。もちろんハウマッチが聞こえれば通じないということはないと思いますが、この場合muchに文のアクセントが置かれis itはおまけのようにサラッと流れます。たいして重要ではないからです。重要なところにアクセントを置くというルールはどんなに長い文でも存在し、このアクセントの位置を間違えるとどんなに正確に発音をしていてもとたんにわけがわからなくなってしまいます。これぐらいの短い文であればそれほど問題にはなりませんが、ある程度長いセンテンスでノーイントネーションをやってしまうとほとんど理解してもらえないと思います。
また単語ごとのアクセントも重要です。たとえばフォトグラフィー(写真)をカタカナ英語で言ってしまったとしても、トにアクセントがしっかりとついていれば理解してもらえる可能性は高いですが、日本語読みのノーアクセントではほとんど無理でしょう。
ほかにも音の連結など重要ですが、とにもかくにも理解してもらえる英語を話すためにはまずイントネーションの意識をもつことが大切です。この改善のために、自分はとにかくシャドーイング(聞いた文を続けてしゃべる練習)を続けてます。
あともうひとつ日本人ぽいと言われたシラブルですが、これは偏にカタカナ発音のせいだと思います。完全に別のものとして捕らえることが大切ですが、なかなかこのしがらみから抜け出すのは大変です。
有名なマクドナルド。日本語では「Ma Ku Do Na Ru Do」の6シラブルですが、英語は「Mc、do、nald’s」の3シラブルです。アメリカ民謡で日本でもよく歌われている童謡に「一郎さんの牧場でイーアイ イーアイ オー」という歌がありますが、これは英語では「Old McDonald had a farm, E-I-E-I-O」と歌います。シラブルが正しくないと絶対できないですね。発音を常に母音で終える日本語ネイティブとって、この子音同士のつながりや子音で終わるというのは体がなかなか理解してくれない。本当に難しいと思います。
かくいう僕もアメリカにくるまでパソコンのマックとファーストフードのマック、同じ発音でアメリカンは混乱しないんだろうかなどと真剣に考えていたようなアホでした。精進あるのみです。

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